AIは人間を超えるか

以前、本の紹介(「グーグルが消える日」)でAIは人間を超えられない理由を書きました。

結構反響が大きかったので、今の私の考えを全て書いてみます

AIは人間を超えられない理由1 コンピューター論的理由 自己言及のパラドックス

https://hori-kaikei.com/blog/recommend-books/google/

AIは人間を超えられない理由2 学習的理由 養老孟司

AIは人間を超えられない理由3 意味、価値的理由

AIは人間を超えられない理由4 「科学的」理由

 

AIは人間を超えられない理由2 学習的理由 養老孟司

今回は「バカの壁」で有名な養老孟司教授が解説する「学習」の話しです。養老先生曰く、学習とは人の五感を使ったインプット(感覚)を脳で処理して、アウトプット(行動や言語)し、それに対する反応(評価、同意、批判)のフィードバック(見直し)してより正しい選択を導くサイクルだというのです。勿論五感全てを意識できるわけでも、五感全てを記憶しているわけでもない。記憶を意識できないものもある。でも、その全てを処理して判断を下している。勿論全てではないのはアウトプットでも同じ。しかし人はそれを繰り返すことで経験を積み、自分なりの方法や判断の基準を作り上げる。これが学習であると言うわけです。

一方AIは身体を持たず五感という感覚器官(センサー)も極一部しかない。これで、自立し、自発的な学習が出来るのか。こういったお話でした。

※最近の脳科学の研究では、「心」は脳にあるという伝統的な考え方に対し、心は脳だけによって構成されているのではなく、身体や周囲の環境に張り出している、という見解が主流になってきているそうです。

 

AIは人間を超えられない理由3 意味、価値的理由

では、更に視点を変えて、今度は三つ目の理由として「意味、価値的理由」についてです。

視覚的図形と言われる「ルビンの杯」の話しです。下の図形は皆さんご存知だと思います。

ルビンの杯
今回は、点線で二つに折った紙を切り、それを広げた。と考えてください。

広げた紙は杯に見えますが、それを黒い台紙の上に置くとより鮮明に形が浮かび上がります。ただ、こうすると、人によっては杯ではなく、向かい合う人の顔に見えるという人も出てきます。単に一部を切り取った紙を杯と捉えたり、はたまた、黒い台紙の上に重ねると向かい合う人の顔に見えたりと、見える物が違ってきます。

AIは果たしてこの広げた紙をどう判断するのでしょう。基本的にはパターンマッティングで判断するので「杯」と判断するのが正しいと学習されて(させられて)いると思います。そこに黒い台紙(背景/環境)に重ねるといった背景を追加したり、何を追加するかを考えたり、環境により見える物(判断)が変わり、それが経験によって左右されることなどAIに起こるのでしょうか?

つまり、価値を見出したり(所詮は一部を切り取った紙)、背景や環境を考慮すること(発想の転換)、そのことで判断が変わったりするのは人にしか出来ないことではないのか。これがAIが人を超えられない根拠だと考えます。

言葉を換えれば、人の知性は主観と切り離された客観的に存在するのではなく、主観的で相対的な文脈や背景に依存し、相互に依存し合う変化の中で知性となるのでは?

 

AIは人間を超えられない理由4 「科学的」理由

最後は最も簡単な、「科学的」な理由について書きます。

「科学的」の意味はこの世の全ては科学で解明できると言う考え方です。いえいえ、まだ続きがあります。

この世の全ては科学で解明できる、でもまだ今は全てを解明できてはいないと言うものです。つまり、今は(当面この先も)科学では全てを解明できないのです。

人間はまだ全てを解明できていない「能力」を持っていて、その「能力」を使って判断し、生きています。ですから時代の先端の科学的分析手法であるAIでも全ては解明できず、人を超えるように見えても、AIは決して人を超えることはできないのです。

AIは人間を超えるか