手相のプロを目指すも断念

手相を見始めて、「当たる」と言われると嬉しいもので、どんどんのめり込んでいきました。一方で自分の手相は分からなくなっていったのは不思議でした。判断に迷いが生まれるのです。自分のことですから判断の結果が当たっているどうか分かっていますし。

なぜ、迷いが生まれるのかと言うと、手相というのは基本的に手のしわを見て判断するのですが、良い線とか、悪い線とか、勢いが有るとか無いとかによって判断に幅が出るのです。これは言い表すのは難しいのですが、たくさん見ると分かってきます。

当初は「当たる見方」の事を第一に考えていたのですが、だんだん「当てること」にこだわり始めます。その結果、手相を見るときは相手のことは何も聞かず、いきなり手を見せてもらって「あなたは*人兄弟の*番目ですね」と言うところから始めていました。兄弟の数なら判断結果に疑問の予知はありませんから。

その結果、当たるのは6割からせいぜい8割で変動が大きく、7割をキープするのは難しいことと記憶しています。同時に姓名判断や星占いまで手を広げましたが、やはり手相が最も信頼できました。

二年もするとプロになる事を意識しましたが、当てることを維持するには、心身共に平常心というか一定のレベルで安定していることが不可欠と気づき、大変苦しかった事もあり、諦めました。20歳前後では余りに人生経験が不足しているなど、当時は気付いていませんでしたし。

それ以外にプロを諦めた理由に、占い術と言うか、占い本来の技術以外の技術の存在を知ったからです。例えば当時から、手のひらを見ながらもっともらしく「あなたは最近胃の調子が良くありませんね」と言えば、かなりの確率で当たる、いや、喜んでくれるのです。そのほかにも大体身なりや言葉遣いアクセサリーやお化粧、男性なら靴などを見ればその人の暮らし向きは分かります。こういったことを積極的に教えてくれるのが「専門の学校」です。

へそ曲がりな?私はこうしてプロの占い師を諦めました。

手相のプロを目指すも断念
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