突然ですが、私手相も見ます

税理士という職業柄、信頼を損ねるかもしれないので余り口にしませんが、私は50年前から手相を見ています。

きっかけは10代の終わりに、友人から「おまえは外見で人を判断しすぎる」と言われ、手相を勧められたことです。勿論仲間内での軽い話しだったので、それ以来みんなで手相の本を買っては読んでいました。

ところが、何冊か本を読むと書いてあることに違いが多いことに気付き、皆で検証を始めました。6,7人もいると何かしらの見本と合致する手相もあるのです。そうして、この読み方は当たるとか当たらないとかふるいに掛けました。

良さそうな手相の本をすべて回し読みする頃には、当たる読み方が見えてきましたが、同時に、不思議なことにも気付きました。同じ手相を、同じ読み方で見ても、当たる人と当たらない人がいるのです。同じ手相を同じ手本と照らし合わせて見ても、判断に微妙なばらつきがあるのです。でも当たる、当たらないでは大きな違いでした。

私は当たる人でしたが、自分でも、何か勝手に言葉が出るような雰囲気は感じていましたが、口数が多い気分屋で言うことがいつも違うからだと思っていました。

それでも、いつの間にか仲間内では手相は私が見るものになっていきました。

手相を続けるきっかけ

社会人になる前ですから今とは違って、「手相を見ます」と気軽に言っては手相を見ていました。あるとき友人の「お姉さんが迎えに来る」と言うので、興味津々で一緒に待っている所にそのお姉さんがやってきました。少しうつむいて、元気がなさそうでしたので、友人が心配して「(私に)手相でも見てもらったら?」と声を掛け、わたしがお姉さんの手相を見ましたが、表情は変わらず、黙って友人を連れて帰って行きました。勿論昔のことで何を言ったのか覚えていません。

ただ、私はいつの頃からか、手相を見た時の内容を詳しくは覚えてはいないことに気付きました。勿論見たこと自体は覚えています。でも断片的にです。それは今でも変わりません。おかげでいつでも、同じ人でも新鮮に見ることが出来ます。

友人がお姉さんに連れられて帰って行った日の夜遅く、その友人から電話があり、今病院で、お姉さんが自殺を図り、医師から今晩が山で、かなり厳しい状況だと泣きながらの電話でした。(今と違い公衆電話は3分10円の一通話で終わるのが普通)

ただただ呆然とするばかりでしたが、「そんな(死にそうな)手相では無かったのに」との思いが頭をよぎりました。

翌朝早く電話があり「助かった!」の一言で安堵しましたが、本心では「やっぱりな」と思ったのを覚えています。

それ以来、手相は「止めよう」とか、「もう見ない」と思っても不思議と当たる事も経験するので、今でも見続けています。

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